- PHOTO-SW!TCH -

Top

そやねん 京都、行きましてん。 ~ 鞍馬寺 2 縁起と伝説 ~

縁起にまつわる摩訶不思議!?

c0156854_2224312.jpg

                           Large View ... ▲ Please click the photograph !!





標高569メートルの鞍馬山の中腹にある 『鞍馬寺』 。 山号は 『鞍馬山』 。
本尊をこちらでは 「尊天」 と称し、「尊天」 とは、「毘沙門天王」、「千手観世音菩薩」、「護法魔王尊」 の三身を一体とみなしてひとつの本尊であるといいます。
寺に伝わる 『鞍馬蓋寺縁起』 では、奈良・唐招提寺の開祖として知られる鑑真和上の高弟であった 『鑑禎上人 (がんちょうしょうにん)』 が、宝亀元年(770年)の正月に霊夢のお告げにより、ここ鞍馬山に毘沙門天を安置したのが鞍馬寺の始まりとされています。
そこには、こんな不思議な言い伝えが残されています。


c0156854_2226123.jpg

                           Large View ... ▲ Please click the photograph !!


ある日の夜、上人は夢の中で北の方角に霊地があるとお告げを受け、鞍を白馬に導かれて鞍馬に着きました。
その夜、山中で寝ていた上人は鬼女に襲われ、咄嗟に錫杖(しゃくじょう)で応戦しますが、鬼女を倒すことができません。
身の危険を感じた上人は大木の後ろに身を隠したところ、突然、大木が鬼女の上に倒れ、鬼女は息絶えてしまいました。
安堵していると、今度は倒れた大木から毘沙門天が現れたのです。
その意味を悟った鑑禎はそこに毘沙門天を祀る庵を建てることにしたのです。

さらにその約20年後の延歴年間、今度は観音さまを信仰する都の役人 『藤原伊勢人 (ふじわらの いせんど)』 が、どこか霊地に観音堂を建て祀りたいと日々念じていました。
そんなある日 「北方に(観音を祀るのにふさわしい)霊地あり」 との夢のお告げがあり探し求めてみれば、それが鞍馬山。
そこで、さっそく鞍馬山に馳せ参じてみたものの、鞍馬山にはすでに 〈毘沙門天〉 と 〈魔王尊〉 が祀ってあることを知ります。
「私は観音さまを祀りたいのに、どうして毘沙門天がここにあるのだ・・・。」 「こんな所に観音様をお祀りするわけにはいかない・・・。」 と困り果ててしまいました。
ところがその夜、天から無邪気な童(わらべ)がやってきて伊勢人に耳打ちします。
「毘沙門天も観音も、人を救うという本質には変わりなし。 名前が違うだけで、実はもともと一つのものなのだ」 と。
そのひとことが神様のお告げだと悟った伊勢人は、毘沙門天と観音さまの両方を祀るための大きな伽藍を建てたのでした。


c0156854_22255779.jpg

                           Large View ... ▲ Please click the photograph !!


そもそも鞍馬山には、「650万年もの昔、宇宙神霊 〈サナート・クマラ〉 が地球人類救済のために、はるか宇宙の金星から白熱の炎に包まれ天地を揺るがす轟音とともにこの鞍馬の地に降臨し、それ以降、精妙なる人類救済・大調和の波動を常に発信し続けている」 との言い伝えがありました。
尊天の中の 『護法魔王尊』 こそがそのサナート・クマラであり、その体は通常の人間とは異なる元素から成り、その年齢は16歳のまま年をとることのない永遠の存在であるとされています。
またサナート・クマラは、世界性を包含した宇宙神であり、地球での姿は変幻自在。 白髪の僧形をとるときもあれば、愛らしい童形で現出することもあるといいます。
つまり、鑑禎上人も藤原伊勢人もそのサナート・クマラの仮のお姿によって鞍馬山へと導かれ、宇宙の真理に目覚めさせられたというわけです。


c0156854_2224757.jpg

                           Large View ... ▲ Please click the photograph !!


さらにもうひとつ、鞍馬山で外せないのが 『義経伝説』 。
牛若丸こと幼き日の源義経が修行をしたところとしても有名ですね。
言わずもがな、義経とは、平家を滅ぼし鎌倉幕府を開いた源頼朝の弟で、壇ノ浦の戦いに代表される数々の源平の合戦で大活躍をした武将です。
その後、頼朝の許可を得ることなく官位を受けたことや平氏との戦いにおける独断専行によって怒りを買い、このことに対し自立の動きを見せたため頼朝と対立し朝敵とされ、最後は奥州平泉で命を落とします。

その義経がこの鞍馬寺に入ったのは7才の時。
4才で母常磐と離された牛若は、亡き父である義朝ゆかりの者の住んでいた京都山科に暮らしていましたが、母の配慮もあり、やはり義朝の祈祷の師であった鞍馬の別当、東光坊の 阿闍梨 (あじゃり) 『蓮忍 (れんにん)』 の許(もと)に預けられます。
謡曲 「鞍馬天狗」 では、義経はここで天狗と出会い、夜な夜な剣術や妖術・兵法の奥義や武術などを習っていたといいます。
この天狗も、実は、サナート・クマラが姿を変えて出現たものであったという説もあるのだそう。


ちなみに、『鞍馬』 という地名は、文字通り、暗いところを意味する闇部(くらぶ)・暗部(くらぶ)といった言葉から転化したものという説や、天武天皇が大友皇子と合戦した壬申の乱の折、天皇がここに逃れて御馬の鞍を下ろさずに繋いだので 『鞍馬』 とも伝えられています。
他にも、サナート・クマラの “クマラ” にちなんでつけられたという説もあるみたいですね。


さて、ようやく仁王門をくぐります!!

c0156854_2225166.jpg

                           Large View ... ▲ Please click the photograph !!


そうなんです、Dimaさんが詳細に作ってくれたプランでは、このケーブルカーでラク~に本殿金堂まで上がる予定でしたが、残念ながら施設更新のための工事で運休中・・・ ( ̄□ ̄;) ええッ!!??
予定外のことに 「何でやー!! どないなっとんねん!!??」 と暴れそうになる(?)衝動を何とか抑えつつ、しぶしぶ自力で登ることに・・・ /苦笑

ちなみに、鞍馬山ケーブルカーは、叡山電鉄鞍馬駅に近い山門駅から鞍馬寺本殿へのアクセス駅である多宝塔駅までの0.2kmを結ぶ、鞍馬寺直営のケーブルカー。 国内では宗教法人が運営する唯一の鉄道事業で、特殊鉄道を含む営業距離は日本一短いのだそう。
参詣者の利便性向上を目的に1957年に開業し、1975年に車両を更新。
1996年にも大幅なシステム変更を伴う更新が行われ、ゴムタイヤ式車両の3代目車両 「牛若号III」 を導入。 その時に、架線は線路上方から線路脇の敷設に変更されたそうです。
今回の更新工事では、結露による被害を防ぐため、その線路脇の架線を撤去。
車両で使用する電気は駅で充電する方式に変わるそうな。 イマドキですね!! (^^)
更新工事に伴う運休期間は2016年3月31日までの予定だったようですが、工程が少し遅れているらしく、4代目車両による運行が再開されるのは、まだもう少し先になるようですね。


ほな、参りましょうか・・・。

c0156854_222546.jpg

                           Large View ... ▲ Please click the photograph !!


真夏なら、きっとここでサヨナラしてたよ 鞍馬寺さん!!


つづく。
[PR]
by yosshy_z | 2016-05-12 23:11 | 京都ラプソディ